私が何かを書きはじめるまでしばらくたった。
言葉に対する信頼を失いつつある。
それも、単に気分でしかないけれど。
書くことと、描くこと、について。
対象を分析して整理して意味を見出す試み、なんて陳腐だろうか。
やっぱり、そこから零れ落ちるものこそ、大切なんじゃないか。
あなたそのものは、あなたによってしか掴めない。
うちなる裁判者はいなくなった。
社会に戻れば、また、はじまる。
イメージ、概念になる前のもの。
イメージとイメージから、別のイメージへ。
水辺のショット、映像はとても美しい。
でも、ふと、あれもこれも、快楽とノスタルジーでしかないと思う。
やりたいこと、しなければならないこと、遠い。
全部が一つになればいいのに、
全部の夢を生きたいと思うけれど、漠然と向こうからやってくる死、
引きずり込まれる、感覚、ある矛盾。
死を救いだとでも思っているのか?
この数式は便利すぎる。
私たちは、ずっと一人だ。つながってつながって、またつながってないと気づく。
なんのために、神は意識を与えたのか。
神自体、問うことができないじゃないか。
言葉、世界の外側にはいけない。
内も外もはじめからなかったとしたら。
あなたがいるから、私がいるのだとしたら。
なぜ私たちは孤独なのか。
映画ができることを、未来を考える。
例えば、長くて不自由な空間から思考が生まれるとしたら?
高尚な映画、社会はそれを拒む、また、空想にしかならない。
わたしが生きていることと、その内実の、距離の遠さ。
私は生きているのだろうか。
映画は、何かは、ものは、示すことができるのか。
答えというもの、たどり着けないもの。
もはや、思考はここで止まる。
残ったのは、なんとなくだけ。
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