ここ最近金のない生活をずっと送っていて、忌野清志郎みたいに「宝くじは買わない」スタイルだったのだが、酒と煙草をコンスタントに体に入れられるくらいの金の余裕がないと、貧すれば鈍するとも言うし、ラブホテル代も出せないようなのはダメだなって思い始めたのでそれなりに成長しているんじゃないかと思う。鳥取駅前の居酒屋でバイトを始めたのだけれど、居酒屋とか大学生らしいなってちょっと嫌になる。もっと高尚なバイトがあるならばそれをしたかったのだけれど、早急に金が必要だったので、その辺は妥協した。まぁでもシフトも緩いからまだバイト探しは継続中です。良いバイトないっすか?あ、どうも部長の柿原です。宜しくお願いします。夏の季語で有名なゴキブリさんとのエンカウント率が高くなってきたので家で一人騒いでいる俺です。深夜に近所のコンビニに入ったらヒラタクワガタとかが普通にいるからやっぱり鳥取はスゲェ田舎だなって思う。
俺という人格を拒まれたり女性からフラれたりする事には少し前からちょっとずつ慣れてきたような気がするけど、二日酔いは何度繰り返しても辛いように、何度別れを繰り返しても慣れる事なんてなくて、女性に固執するような世界で一番ダサい恋愛はしたくないからといつもカッコつけている所為で色んな事が積み重なって、ふとした拍子に、半永久的な離別に対する無限の寂寥が、ベッドの上で煙草を吸う俺を襲うことがある。それが俺の月一で訪れる男の子の日の始まりなのだが、今週の頭はそんな感じで、曲を聴いて自分に酔って泣く奴なんて大嫌いなのに、中学生の時によく聴いていたGreen Dayの「Redundant」をギターで弾いて歌いながら部屋の隅でシクシク泣くっていう、普段通りの俺じゃ考えられないくらいの醜態を極めていた。
高校三年の夏前の昼過ぎの授業中だったと思う。久々に学校に来て、教室の端の席で押し寄せる眠気の波と戦っていた時に、ふと前を見ると、一番前の席で堂々と鼾をかいて寝ている友達がいて、驚愕した。運が悪いことに、現文の渡辺は寝てる奴に難解な質問をぶつける意地の悪い京大文学部哲学科出身のハゲだったので、友達は安眠を妨げられ「君は不老不死になりたいか?」という質問をされた。眠気漂う眼で彼が発したなんでもない言葉が俺の中にまだ残っている。彼はその質問に「出会って得られた喜びよりも、別れた悲しみの方が大きいので、僕は不老不死には憧れない。」そう答えていた。彼は俺と同様にあまり友達が多いタイプではなかったのだが、彼のことが少し分かったような気がして嬉しかった。大学進学を期に、彼とも少し疎遠になってしまったが、それは別に永遠の別れではない。
去年の暮あたりに、友達の童貞に紹介した女友達から「なんかダメな自分に酔ってない?」って言われたことに酔っています。
小学校から地元のバカばっかりが集まった中学校に進学した時くらいから、卑屈で捻じ曲がった性格と呆れられるほどの怠惰な生活は変えられないし、自分はこの世界の表街道を肩で風を切って闊歩できる人間ではないってことを悟ったので、サッカーを辞めて鬱屈とした少年時代を過ごしていて、常に死ぬことを考える超絶不健康な子供だったのだけど、その救済となったのが、映画と詩集でした。
映画の中では、才能のあるダメ人間がめちゃくちゃカッコよく描かれていて、ばっちりキメてるスポーツマンも金持ちも頭の悪い男も死ぬし、萩原朔太郎が「月に吠える」に「詩は、ただ病める魂の所有者と孤独者との寂しい慰めである。」と書いていて、実存主義的に他者との共存の中で、自分の存在意義を感じた気がした。
「煙草と酒が好きな自分」も「学校の単位全然とってない自分」も真面目だけが生きる道ではないし、真面目な男の話なんてクソつまらないし「そういうダメなところが年上の女うけするんだと思う」ってよく年上の女から言われるし、ダメ人間とかクズとか言われんのは全然苦じゃない。まぁトーンに因るけど。まぁそんな感じ。
なにが言いたいのかと言うと、何かが誰かの救済になっているのかもしれないっていうこと。頭が悪くて、鈍感な人間ならなんの救済も必要としないけど。
はーい。まぁ週一で映画のことばっかり書けるほど、映画中心には生きていないので、映画とは無関係の話を結構してますが、すみません。鳥大映研の日記っていう事は、田舎の大学で鬱屈とした学生生活を送っている奴の日記ってことだから良いだろ。じゃあ今週もこんな感じで終わります。最後まで読んでくれてありがとうな!はい、じゃあまた来週も書きます。
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